こだわりのバジルソース誕生物語


大村 元昭


20歳頃

20歳で運送会社で働き初めて10年経った頃に、自分で何かをしたいと感じるようになり、

何をするにもパソコンのスキルは必要だろうとパソコン学校に通いだすと、

面白さにハマってしまい、運送会社辞めちゃいました。



仕事辞めちゃいました

職業訓練校でWEBの事を教えてくれるところがあり、なんとか入学できることに、

そこで気付いたんですが、デザインのセンスの無さにビックリです!

その代わりにプログラムの授業は楽しいかった、

学生時代の勉強嫌いの私を知っている人が見ると、ビックリするくらい勉強した。

人生でこんなに勉強したこと無いってくらいに熱中した、

学生時代に使わなかったお陰かよく30歳の脳みそに入っていった。

卒業制作はポン酢のネットショップ。(モデルは旭○ンズ)



無事卒業

卒業後に賃金は安いけど、勉強しながら働ける環境に恵まれ、

ブログをカスタマイズしたり、ネットショップの設定などをしていた、

Ruby on Railsに出会えたお陰で、2年程でフリーのプログラマーになれた。

元勤めていた運送会社の運行管理システムや、学校の生徒管理システムなどを作成。



農業との出会い

職業訓練校に通い出した頃から、畑もあったことも有りプチ自給自足を目指して、

野菜の栽培をはじめた、いっぱい失敗もした。

フリーで在宅で仕事なので、通勤時間の代わりに畑作業をし、

パソコンの前で頭を悩ませている時に、畑に行って野菜の手入れすることが気分転換にもってこいだった。



バジルとの出会い

ある年畑に空きがあったので、母親に「なんか植えよか?」

「おばあちゃんバジル好きやから植えといて。」

夏になるとバジルが茂る!茂る!

そう言えばソースにしたら美味しいいん違うかな?とネットで調べて作ると、

収穫したてのバジルいっぱいで作るので香りも風味も凄い!

友達にあげたら「美味しいからもっと頂戴」って。



あれ?そう言えば!

卒業制作でポン酢のネットショップ作ったように、

自分で何か作ってネットで販売したいと思っていたのを思い出した。

そう言えばバジルソースって輸入の物が多く国産は少ないな (2008年当時)、

そこから色々と調べて可能性を探った。



試行錯誤の連続

商売のイロハ何一つ分からず始めたので色々とつまずいた。

原価率って? 加工施設? 販路?

味は試作を作って知り合いに食べて貰い、評判いいのをまた少しアレンジして、

いいのが出来たけど、冬が来てバジルの栽培のが終わった。

初めて作ったバジルソース


バジル植え過ぎる

春になって1反の半分くらいにバジルを植えた。

味の方は決まってきたけど、加工手順やラベルも決まって無かった。

ラベルのデザインはWEBデザイナーの知り合いに無理を言って激安でしてもらった、

ついでにHPのデザインもしてもらい、あまりにも申し訳ないのでお米一俵届けた。

暖かくなるとバジルは順調に成長する、加工するが追いつかない。

花が咲くと風味が落ちるので、いっぱい切って捨てました(泣)



大阪府のネットショップ

週末だけイベントに出て販売する、2足のワラジ状態。

大阪府がネットショップを始める情報を得て、面白そうだと受けてみた。

大阪ミュージアムショップの1期生でネットで販売してもらえることに、

朝の情報番組に取り上げてもらえ、

翌年からバジルソース製造が本業に。

大阪ミュージアムショップ


バジル好きなおばあちゃんへ

そうそうバジル植えるきっかけになった母方のおばあちゃんに食べてもらわないと、

「おばあちゃんバジル好きなんやろ、持ってきたで。」

「バジルなにそれ?」

えーーーーー?

そうなん!!

でも、おばあちゃんのお陰でバジル植えるきっかけが出来たよ。

「ありがとう、長生きしてね!」

97歳ですが、よく食べて元気。(私の食いしん坊のルーツです。)

バジルは食べないけれど、他の野菜は美味しいと食べてくれます。

おばあちゃん


追記

大阪ミュージアムショップの取材で「なぜバジルを植えたのですか?」

と聞かれて、思い出しました。

その後母親に聞いても記憶が曖昧でおばあちゃんもバジル好きではないようです。

今となってはどこでどう食い違ったのか謎ですが、

「おばあちゃんバジル好きやから植えといて。」

の一言から全てが始まりました。